流れゆくあの日常
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わたぬけ

Author:わたぬけ
京都の某大学に通うしがない学生。
趣味は読書と音楽と小説を書くこと。
ちょっとピアノも弾けたりする。
でも何もかもが中途半端さ^^



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オペラの世界・第一弾「道化師」
 果たしてシリーズ化するのかどうか不明なシリーズ「オペラの世界」。
 まあ、自分が見たオペラの紹介とその感想をつらつら書いてみようと思う。文才の乏しい自分にどこまでそのオペラの魅力を語れるかはいささか不安ではあるが^^;

 というわけで、第一弾はルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲の「道化師」

 言って置くが某ハンバーガーチェーンのマスコットではない。
 いきなりマイナーなもんが来たね。少なくともクラシック好きじゃない人にはあまり聞き慣れない作曲家&作品だと思う。でも、クラシック界ではこの作品は非常に重要な作品だし、オペラを語るならこの作品なしには語れないと言っても過言ではない。

歌劇《道化師》全曲歌劇《道化師》全曲
(2003/11/21)
ストラータス(テレサ)ドミンゴ(プラシド)

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 −あらすじ−(Wikipedia引用)

力強い前奏曲に続いて、まだ下りた幕間から舞台で用いる仮面を付けたトニオが登場。舞台の上では道化を演じる我々役者もまた血肉をもち、愛憎を重ねる人間であり、それを想った作曲者は涙してこの曲を作ったのだ、云々との前口上(プロローグ)を述べる。

第1幕: 祭日ということで着飾った村人たちが待ち焦がれる旅回りの一座が、座長カニオを先頭にやってくる。カニオは「今晩23時から! 忘れずに芝居を観に来てくれ」と宣伝し、ベッペや村の男たちと居酒屋に繰り出す。他の村人たちは教会の礼拝に向かい、独り残った若いネッダは自由な生活への憧憬を歌う。物陰に潜んでいたせむしのトニオがかねて想いを寄せていたネッダに言い寄るが、手ひどく鞭で打たれ、逃げ出す。入れ違いに村の青年シルヴィオが現れる。実はネッダとシルヴィオは相思相愛の仲で、一座がこの村に寄るたび、逢瀬を重ねていた。2人は駆け落ちの相談を始める。それを発見したトニオは、仕返しの好機とばかりにカニオを呼んでくる。ネッダがシルヴィオに「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いてカニオはついに逆上、シルヴィオは慌てて逃げ出し、ネッダは情夫の名をカニオに明かすのを拒む。大騒ぎを聞きつけてベッペも戻ってきてカニオを鎮め、芝居の仕度を促す。カニオは、怒りも悲しみも隠して道化芝居を演じ、客を笑わせなければならない役者の悲しみを歌う。

美しい間奏曲に続いて第2幕: 村人がお待ちかねの芝居が始まる。ネッダ扮するコロンビーナが恋人アルレッキーノを待ちわびているところへ、下男タッデーオが現れ言い寄るが、あっけなく蹴り飛ばされ退場。アルレッキーノとコロンビーナがやっと逢引を始めるところに、タッデーオが「パリアッチョが帰ってきた!」と急を告げる。パリアッチョを演ずるカニオは、コロンビーナが逃げ出すアルレッキーノに向かって「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いて、それが先ほどの現実世界と同じ台詞であることに混乱し、芝居と現実との見境がつかなくなっていく。「情夫の名を言え。おれはもう道化師ではない」と叫ぶカニオの迫真の演技に、村人は拍手喝采する。ネッダは危険を悟り逃げ出そうとするが、カニオは彼女を刺殺し、ネッダを助けようと舞台に上がってきたシルヴィオもまたカニオに殺される。村人たちが大混乱の中、カニオは「芝居はこれでおしまいです」とつぶやいて(トニオがつぶやく場合もある)、幕。




 このオペラの見所はなんと言っても第二幕のノンストップサスペンスだ。あらすじでもあるとおり、カニオ(パリアッチョ)は舞台で演じられている芝居が、昼間に起こった出来事と重なって現実なのか芝居なのかが分からなくなっていく。
 そんな彼が狂っていくさまを表す音楽この場面の恐ろしさに拍車をかけている。道化芝居のおどけた明るい音楽と、狂っていく様を表す不協和な音楽とが交互に現れたり、あるいは混ざり合ったりして狂乱の場を見事に描いている。
 道化師というのはいかに悲しいことがあろうとも、辛いことがあろうとも常に笑いを振りまいていなければならない。そのような立場にあるカニオの悲しみ、怒りはついに爆発し、最後の妻ネッダを殺害するシーンでは道化師の笑いを見せながら幕が閉じるという、彼の壊れざまがあまりにも恐ろしい。まさに道化師であるが故の悲劇と言えよう。
 彼の狂気に拍車が掛かる場面の最初の「俺はパリアッチョではない!」という台詞は印象的だ。
 そもそも現実とはなんなのか、芝居とはなんなのか。
 舞台の最後でカニオ(舞台によってはトニオ)は「喜劇は終わった」と呟くが、これはベートーヴェンの最期の言葉「人々よどうか喝采を。喜劇は終わった」からの引用ではないだろうか?(あくまで私の推測なので違う可能性大
 ベートーヴェンも「道化師」のカニオも現実との戦いを繰り広げ、そして対象の人物こそ違えど、「死」という形で終わりを迎えている。
 カニオが最後に見せたあの安堵するような笑み(私が見た舞台での話だが)はその戦いに自らの主観で考えて浮気をしたネッダとその相手であるシルヴィオを殺害することによって「勝利」を勝ち取ったことによる笑みなのだ。
 そしてそこで呟く言葉「喜劇は終わりました」。じつはこの言葉は本来カニオが口にする言葉ではなく、悲劇の一部始終を見ていた一人、トニオによって呟かれる言葉である。
 そうすればあのカニオの笑みにもかかわらず「喜劇は……」の説明もつくし、私としてはそっちのほうが自然だ。またこの台詞は音楽に合わせて歌われるのではなく、ただの「台詞」としてポツリと呟かれる。
 これは芝居と現実の同化を表しているようだ。
 この道化師というオペラは後期イタリアオペラの傑作の一つであり、上演時間が一時間強と短いことから、同じくらいの上演時間で、また作曲時期も同じ頃のマスカーニ作曲のオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」とセットで上演される。こっちの作品についてはまた後日語ろうと思う。

 果たしてこんなハチャメチャな文章でこのオペラの魅力を語ることが出来たか謎であるが、このあたりで本日の記事は閉じようと思う。


次回はマスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」かモーツァルト作曲「魔笛」のどちらかにしようと思うよ^^;

テーマ:オペラ - ジャンル:音楽


この記事に対するコメント
 はじめまして
 ヴェルディの「リゴレット」もお願い。v-421
【2008/06/07 21:11】 URL | 二等兵 #4zBqiVLg [ 編集]

モーツァルトの魔笛!魔笛!

......はじめましてそしてすみませんry
オペラというかクラシック詳しいんですね。オペラというものを見たことがない(曲は聞くのですが;)のでためになります^^

 リクエストいいですか?
 たぶんモーツァルトだと思うのですが、「フィガロの結婚」。メジャーすぎるかもしれませんが^^;

 オペラ......カルメンは歌劇なんですよね。オペラじゃないんですよね。(しつこい

 それでは。
【2008/06/12 00:42】 URL | シロイ #bfksjZRg [ 編集]


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