流れゆくあの日常
プロフィール

わたぬけ

Author:わたぬけ
京都の某大学に通うしがない学生。
趣味は読書と音楽と小説を書くこと。
ちょっとピアノも弾けたりする。
でも何もかもが中途半端さ^^



カレンダー

07 | 2008/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -



FC2カウンター



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!



FC2ブログランキング

FC2ブログランキング



その他ブログランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ



QRコード

QRコード



スポンサー



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



最近読んだ本のレビュー的なもの
 この一週間死ぬほど忙しかった。そのくせ授業中にこそこそ本を読んでたら、なんと一週間に3冊という異常事態が発生してしまいましたとさ。

・西に魔女が死んだ(梨本 香歩)
・朝には紅顔ありて(大谷 光真)
・Q&A(恩田 陸)

 あれ? 「ティファニーで朝食を」は?
( ^ω^)……

 以下重大なネタバレを含みます。構わない方のみどうぞ。
[続きを読む]

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学


読まなきゃいけない本が多すぎる\(^o^)/
 ちょっと読まなければならない本が多すぎますよ。
 読書は好きだけど、期間+課題を定められるともう苦痛である><
 シェイクスピアのオセローにバイロンの詩物語を一つ。さらに論文を一つ読んでソレに関する感想文も書かなきゃいけない。
 そして読みたい本も溜まっているし。もう誰か助けて><

テーマ:読書ノウト - ジャンル:本・雑誌


海外文学の日本語翻訳について
 日本でも外国でも文学の歴史は決して浅くはない。
 そして今日、海外の文学・小説は様々な形で日本語に翻訳されて、日本へと輸入されている。
 その中には当然、歴史に名を残すような文豪の作品も多々含まれている。
 過去の文豪の造った物語が容易に読める現代の日本。これはとても有難い(敢えて漢字にしました)ことで、国によっては海外からの文学はおろか、自国文学も満足に創造もできない国だってある。
 海外の文学を読むのは外国の人々のものの考え方を知る有効な手段の一つ。日本の常識で考えて、「この小説に出てくる奴らの考えありえねー。駄作」とか考えずに、その国のものの考え方なのだと受け取ることが大事。

 ところで、日本に輸入されるとなると、当然ながら日本に居る大多数の人間は輸入元の国の言葉なんて話せないし書けないし読めも出来ないのだから翻訳という作業が不可欠である。そして翻訳家の人たちは取り寄せられた海外書物を丁寧に日本語に訳していくのだが、翻訳は当然人の作業で行われるわけだから、翻訳者の考え方やセンスが露呈してしまうことが多い。
 そんなわけだから、当然ながら翻訳によっては極論ではあるが本来駄作な評価しか持っていない本が名作になったり、逆に有名文豪の代表作といった名作が駄作に落ちぶてしまうようなことも少なくは無い。しかもどうも日本で翻訳されたものは後者の方が多いように思われてならない。
 

 私の知る限り、物語の本質を損なわず、かつ自然な翻訳に成功している一番の文学は、ダニエル・キイス作「アルジャーノンに花束を」(小野 芙佐訳)である。
 あらすじ等はググるなり、実際に呼んでみるなりで調べてもらうとする。あくまで今回の話題は「翻訳」についてだから。
 主人公が実験によって急速に知能が上昇している様子をあらわすという、かなり難しい翻訳を迫られるような本だが、訳者の小野氏は見事にその様子を日本語に訳すことに成功している。
 さらにどこの出版社とは言わないが、翻訳版にありがちなことである会話などが妙にガチガチで不自然なリズムを帯びることなく、日本人が読んでもほとんど自然な流れで読み進めることが出来るのだ。
 児童書関連の小説はよく崩した調子で翻訳しているが、物語本来の文章的流れを壊してしまっているのではないかと思われる本がよくある。例えばナルニア国物語や指環物語がそうであるが。なぜか全書に渡って敬体とか。児童書とは言え、これはどうかと思ってしまうような翻訳もある。
 児童書ファンタジーで私の知る限り一番残念な翻訳は、ハリー・ポッターシリーズを置いて他にないように思える。

 ちょっと読書好きな人ならすぐこの本の翻訳がまずいかが分かると思う。もっとも、これは原作自体がアレなのであるが、スネイプ先生の口調は本来どうだとか、 ヴォルデモート卿がどうだとかはともかく、陳腐な擬音語やうざいとしか思いようのないデカ文字使用はいかがなものか。
 一応、原作版にも目を通したことはあるが、そのような表現は一箇所としてなかったと思われる。小説の情景を表すのに、文字をでかくしたりの視覚効果(ラノベにあるような挿絵は別として)を使うのは反則というか、意味の無いこと。

 もちろん翻訳作業というのは決して楽ではないことぐらい把握してはいるが、こういう流れを作ってはいかんと思われてならない。こういった翻訳は原作者に失礼だし、ともすれば読者を裏切ることにもなる。児童文学だからといういい訳は通用しない

アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
(1999/10)
ダニエル キイス

商品詳細を見る

テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学


本はゆっくり読みたいもの……だが
 小説だろうと随筆だろうと論説書だろうと、本というのはゆっくり読むべきなんだと思います。
 最近あちこちで紹介されてる速読法、ほとんど共通しているものの一つに「飛ばし読み」というものがあります。
 名前の通り、一冊の本をいちいち最初から最後まで読まずに、ある10ページ単位で飛ばしながら読むというもの。
 よくこの読み方のほうが内容がよく理解でき、また当然読むスピードも速くなって一石二鳥、この情報化社会ではいかに早く情報を飲み込むかが重要と謳われております。

 しかしこの読み方、はっきり言っておすすめしません。

 ちょっと考えれば分かることです。小説だろうと絵本だろうと随筆だろうと論文だろうと、飛ばし読みして、その飛ばした部分に重要な事柄が書いてあったらどうしろというのでしょう?
 「この本の一番言いたいことは何かを探すのではなく、自分が一番気になるところを探せ」ともよく言われていますが、私としては前者の方を全く考えずに読むような読み方は、作者の方に失礼だし、もしある本の話題が出てきて、その本の一番重要な部分について飛ばし読みをしようものなら、この人はいったいこの本の何を読んだのだろうと首を傾げてしまいます。
 また、言うまでも無いのですが、飛ばし読みなんぞしようものなら話の筋が(少なくとも自分は)掴めなくなるし、随筆や論文などではまだいいのですが、小説というのは謂わば「ある一つの現実が文章化したもの」です。それを飛ばして読むということは「その小説の世界で共有すべき時間を放棄する」ということになります。
 ゆっくり読んで始めて深く味わえることもあるでしょうし、また新たな発見もあるものです。
 もちろん、早く読むのを求められることがあることもあるでしょう。しかし早く読まなければと思って、重要な事柄を見逃していたらそれは読んでないことに等しいことです。読む速度を上げるのは構わないと思います(実際私も読む速度を上げる訓練をしてますが、一向に成果があがりません(泣))が、飛ばし読みというのは謂わば最後の手段とする程度でかまわないと私は考えます。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌


( ^ω^)……
 本日勢いである二冊の本を買ってしまいました

漢文の話 (ちくま学芸文庫)漢文の話 (ちくま学芸文庫)
(2006/10)
吉川 幸次郎

商品詳細を見る


 大学で受けているある講義の影響で最近漢文がマイブームになりつつあります。とはいっても、中学・高校時代正直あまり漢文に触れてこなかったので、読めない読めない^^。ていうわけで入門書として教授が薦めてくださったこの本を買うことになりました。
 ちょっと読んでみたのですが、なんだかおもしろそうです。夏目漱石の書いた漢文の話とかもあって親しみ易くもありそうです。



で、もう一冊

 なんていうか

 ついに買ってしまったというか……何を考えていたんだろう自分はというか……




涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
(2003/06)
谷川 流、いとう のいぢ 他

商品詳細を見る


 まあ前から買ってみよう買ってみよう(挑戦してみようの間違い)と思ってはいたのですが、ついついラノベじゃない本ばかり買ってしまって。
 で、まあいろいろあって今日ついに買ってしまうことになりました。少し読んでみたのですが……

 な ん だ こ れ は 

 基本的に名目的な主人公(キョン)の一人称描写によって話が進んでいっているようですが、なんというか、これがラノベなのか……
 普通に話し言葉みたいな文章で描写が綴ってあるし、わけのわからない表現方法まで用いてるし、あげくのはてにはカギ括弧外の文章で台詞を言わせているし……
 一般的な文章としては悶絶せざるをえないようなもので、正直戸惑いまくりました。だが「一人称」という観点で読んでみると、なるほどこういう書き方もアリと言ったらアリなのかもしれない。
 よく読んでみると一人称は「完璧な一人称」となっていて、一人称が陥る落とし穴には全くハマっていない。
 また主人公を安易にハルヒにせずに、傍観者としてのキョンを指定したことによって無駄な説明的文章をカットすることに見事成功している。
 一人称小説としての文章は大いにほめられる要素はある。私には真似できないし、真似したくもないが……。さすがは私の敬愛する朱空姉様が唯一薦めたライトノベルだけのことはあると感じる。

 まあ詳しい感想は読んでからにしよう……ていうか読む前からこれだよ^^

テーマ:この本買いました - ジャンル:本・雑誌